![]() |
1994年上期のU-UA440LSN改(は085)です。新ステップが装備された初めての代で、秦野2、大和3の計5台が入り、初代リフトバスとは同期です。2007年3月までに全廃となりました。 |
![]() |
1994年上期のU-UA440LSN改(は85)です。こちらは新製から約2年の姿で、まだ秦野ではバス共通カードを取り扱っていない頃です。撮影 相州屋様 |
![]() ![]() |
1994年下期のU-UA440LSN改(は071)です。UA440系の最終増備車で、下期も秦野2、大和3の計5台が入りました。こちらは2007年7月に全廃となりました。 |
![]() ![]() |
1994年下期のU-UA440LSN改(や94)です。晩年、大和車は3台とも中山に移り活躍しましたが、写真は1998年の国体輸送時に愛川町まで足を延ばしたときの様子です。 |
![]() |
1992年上期のU-UA440LSN(ひ0106)で、80周年マークが貼られていた2001年の撮影です。1999年2月には厚木系統に進出し、2000年10月に茅ヶ崎駅系統の路線が復活しましたが、当時は神奈中本体より管理委託車のほうが広範囲に渡り行先表示が用意されていました。 |
![]() |
1992年上期のU-UA440LSN(ひ090)です。2001年4月から平塚では大型車による神奈交バスへの管理委託車が登場しました。 |
![]() |
1971年式の4R95(ひ63)です。傾斜型の富士重R13型ボディを架装する4R系列です。1979年1月の撮影で、横内の表示が興味深いです。撮影 まにまにカレチ様 |
![]() |
73年式のU20N(よ23)です。横浜に在籍していたUDのレア写真でフロントは4枚窓です。撮影 くるまや様 |
![]() |
75年式のU20N(よ77)です。神奈中の富士3Eボディ仕様でバンパーにナンバープレートを付けた車は珍しい存在だったようです。撮影 くるまや様 |
![]() |
77年上期のU20N(あ134)です。73年から導入された型式で、この富士3E型ボディはU31の前期まで導入されました。撮影 花屋敷様 |
![]() |
79年上期のU30N(あ115)で、数少ない貴重な試作冷房車だった車で長尺車です。冷房車ということもあって88年上期まで在籍していました。撮影 t様 |
![]() |
1979年上期のU20N(よ44)です。79年下期まで投入された型式で、この代から運賃幕が現行の位置に移動しています。両サイドも同じU20Nのようです。撮影 くるまや様 |
![]() |
1980年上期のK-U31N(よ47)で、本郷車庫での水浴びのシーンです。水飛沫がとても綺麗です。撮影 くるまや様 |
![]() |
1980年下期のK-U31L(あ160)です。富士3Eボディは1973年から1982年上期まで導入されていました。 パッと見ではU20と比べられないですが、リアビューからはどうだったのでしょう? このL尺のほかに長いN尺も導入されていました。平塚で最も多く在籍し、厚木や大和でも見られました。 |
![]() |
1980年下期のK-U31L(ま110)です。現在町田にはUD車は在籍しませんが、1986年のU32系まで投入されていました。撮影 鎌倉営業所様 |
![]() |
1981年上期のK-U31L(ひ64)です。冷房車を示すペンギンマークは可愛らしいデザインでお気に入りでした。撮影 ゆたりん様 |
![]() |
1981年または1982年式のK-U31L(平塚)です。写真では既に廃車の手続きが済んでおり、機器類や社名等も剥がされています。社紋は剥がされずオレンジラインで塗りつぶされています。この後、国内で再登録され走っているのでしょうか・・・。左にいるのはMK115!? 撮影 前島様 |
![]() ![]() |
1981年式のK-U31L(ひ63&4)です。ルーバーの数や面積が印象深く残っています。どちらも関東自動車へ売却されていますが、いずれも廃車となっています。撮影 相州屋様 |
![]() |
1981年下期のK-U31L(ひ99)で、富士重の3E型ボディを架装した冷房車です。廃車後は関東自動車で活躍しました。撮影 鎌倉営業所様 |
![]() |
1981年下期のK-U31L(ひ6)です。モノコックボディの富士3E型も大変懐かしいです。小田原駅前での撮影です。撮影 相州屋様 |
![]() |
1983年上期のK-U31L(ま152)です。この富士5E型ボディでは1982年下期から導入され、それまでは3E型ボディが投入されていました。5Eでもまだリベットバリバリのモノコックボディです。撮影 相州屋様 |
![]() ![]() |
85年上期のP-U32N(あ88)です。この頃のU32系はリアにもエンジンルーバーがあり、側面後部のルーバーも横長の形をしていました。 リアビューは同年式の旧あ131号車です。両車とも94年上期には姿を消しています。この年の上期まで前後の表示幕は小さいタイプでした。撮影 武井和紀様 |
![]() |
86年上期のP-U32N(ひ119)で、97年上期に全廃されたグループです。富士5E型ボディのフロント部分の塗り分けは86年上期製まではこのような塗り分け方でした。下のU32と比べて下さい。下はウェーブ部分の塗り分け方が違います。フロントのマーカーランプはこの代まで方向幕脇にありました。 |
![]() ![]() |
86年上期のP-U32N(ひ16)です。昔は長尺の日産ディーゼル車も多く在籍していました。この年式は97年上期まで見ることができました。撮影 武井和紀様 |
![]() |
86年上期のP-U32L(ま133)です。こちらは少し短いL尺です。町田への日産車投入はこの年式で最後となっています。撮影 武井和紀様 |
![]() ![]() |
富士5Bボディの86年上期P-U32L(は109)です。日立情報線の専用車で、写真の109号車は既に廃車となっており、最後まで残っていたのはやはり元日立情報線専用だった「つ301」の特定車でした。99年9月に全廃となっています。撮影 相州屋様 |
![]() |
86年下期のP-U32L(ひ37)です。この86年下期の富士5Eボディのみ、フロントのウェーブ部塗り分けが違いました。バンパーすぐ近くまでウェーブが下がっています。フロントのマーカーランプはこの代から屋根上へ移っています。 |
![]() |
86年下期のP-U32N(ひ15)です。97年下期に全廃されたバスで、上で紹介したバスの長尺バージョンです。窓1個分車体が長いのが分かります。 |
![]() |
86年下期のP-U32N(や4)です。波線塗装では最後の代となった年式で、写真は長いN尺です。撮影 藤島雅哉様 |
![]() ![]() ![]() |
87年上期のP-U32N(あ146、147)です。長尺車では最後まで残った2台で99年9月の中旬まで活躍しました。U32系は84年上期から88年上期まで導入されていました。 右は同年式のP-U32L(ひ69)です。車体長が短い分、窓1個少ないのが分かります。 |
![]() ![]() |
87年上期のP-RA53N(は114)です。秦野駅またはJR二宮駅〜日立情報線の専用車で、三菱P-MS725S等と同じ旧貸切色を纏っています。最後まで残った「は126」も2000年6月に廃車となりました。 |
![]() |
87年上期のP-U32L(ひ80)です。新芽も見える桜の木の下を走るU32です。撮影 佐藤祐介様 |
![]() |
P-U32Lです(ひ93(87上)、ひ105(88上))。田村車庫で寄り添うように休む2人です。撮影 佐藤祐介様 |
![]() ![]() |
1987年上期のP-U32L(は96)です。登場時、短い期間でしたが試験塗装が施され、現行塗装とは印象もだいぶ違いました。この「は96」は97年上期に廃車になっています。撮影 相州屋様 |
![]() ![]() |
87年下期のP-RA53N(は126)です。日立情報(NBC)線専用車で同年上期に続いて投入された1台です。2000年6月まで活躍しました。撮影 相州屋様 |
![]() |
1988年上期のP-U32L(ひ72)で、平44系統で小田原駅へ来たときの様子です。広島線の垂れ幕も懐かしいです。撮影 相州屋様 |
![]() ![]() |
1988年上期のP-U32L(は58)です。U32系の最終増備車に当たる年式で、車体中央部のルーバーが一つ減り、リアは補助ブレーキランプも付きました。この年式はL尺のみが在籍しました。 |
![]() |
こちらも上の写真と同年式のP-U32L(は66)です。富士5Eボディ車も首都圏ではだいぶ数が減り、神奈中バスのU32系は2000年6月末を持って引退となりました。撮影 武井和紀様 |
![]() |
1988年上期のP-U32L(ひ59)で、2000年までに全廃となっていた型式です。当時の平37系統トンネル経由神奈川大学線で使用されていた青の「トンネル経由」プレートも懐かしいです。 |
![]() |
1988年下期のP-U33L(は94)です。88年下期から90年上期まで導入された型式で、ボディは富士重の7E型を架装します。1988年式では最後まで残った「は101」が2004年2月に廃車となり全廃となりました。撮影 佐藤祐介様 |
![]() ![]() |
1989年上期のP-U33L(ひ123)です。この代は「ひ122」が最後まで残り、2004年3月に廃車となりました。 |
![]() |
1989年下期のP-U33L(や046)です。こちらは秦野(は23)から転属し神奈交へ委託された1台ですが、転入に際しLED表示化改造が施されています。撮影 平社員様 |
![]() |
1989年下期のP-U33L(や74)です。2003年9月に秦野(は26)から転属してきた1台です。撮影 じゅげむ様 |
![]() |
1989年下期のP-U33L(や91)です。こちらも秦野からの転属で元は47です。ちょうど幕が回転している最中ですね。この代は9台が投入されました。 |
![]() ![]() |
1989年下期のP-U33L(は98・は80)です。画像の車は2台とも半年ほど湘南神奈交へ委託されていましたが、2004年11月に再び神奈中本体に戻り、社番も0部分を消し空白ができていました。 この代は2005年8月に全廃となりましたが、先に1990年上期車が全廃となっています。 |
![]() |
1989年下期のP-U33L(ひ0125)です。2005年8月に型式消滅した車で、写真の「ひ0125」と、「は028」号が最後まで残っていました。U33は先代U32の後継で1988年下期〜1990年上期の間に導入されました。当初は平塚と秦野営業所のみに配属されていましたが、転属によって2003年5月からは大和にも在籍していました。 |
![]() ![]() |
1990年上期のP-U33L(ひ92)です。U33の最終増備に当たる年式です。この型式は平塚と秦野のみに在籍していましたが、2003年5月と9月の転属で初めて大和にも配属されています(1988、1989年式)。最後まで残った秦野車が2005年8月に廃車となりました(は061、は062)。 1989年下期より先に全廃となっています。 |
![]() |
1991年上期のU-UA440LSN(ひ029)です。UA440系はこの代から投入が始まり1994年下期まで投入されました。U33系に引き続いて富士7Eボディ仕様となり、U33系と比べるとエンジンルーバーに違いが見られます。この代は平塚に3台が配置され2006年2月に全廃となっています。なお、この年の下期は日産車は投入されていません。 |
![]() |
1992年上期のU-UA440LSN(ひ128)です。この代は他メーカー同様に補助席が装備されていました。平塚と秦野に在籍していましたが、後半は転属により全車が平塚に在籍していました。2006年2月に全廃となっています。 |
![]() |
1992年下期のU-UA440LSN(は53→は053)です。この代は3台が秦野に投入され、いずれも2005年9月までに湘南神奈交バスへ管理委託されています。2006年8月に全廃となりました。 |
![]() ![]() |
1993年上期のU-UA440LSN(ひ87→ひ087へ)です。この代は平塚と大和へ計5台が配属されました。2006年2月に全廃となっています。 |
![]() |
1993年上期のU-UA440LSN(や88)です。大和は、や105と共に2台が在籍していました。2台とも2005年12月に廃車となっています。 |
![]() ![]() |
1993年上期のU-UA440LSN(ひ087)です。平塚・大和車共に晩年にLED化されましたが、平塚車は短い期間でしたが神奈川中央交通表示に英語が入り、かなちゃん号表示も見ることができました。なお、この代は1992年下期車より先に全廃となっています。 |
![]() |
1993年下期のU-UA440LSN(は92)です。は44と共に2台が在籍した代です。廃車まで幕式のままで行くかと思われていた中、2006年5月にLED化されましたが2ヵ月後に全廃となっています。 |
![]() ![]() |
1994年3月投入のU-UA440LAN改(さ35)です。2006年12月15日の運行をもって引退となった初代リフト付バスです。2006年3月にはLED化され、音声合成装置は最後の2ヶ月間のみ搭載されていました。 |

| こちらは新製当初に在籍していた伊勢原時代の写真です(い110)。仕様はツーステップのエアサスで前ドアには新ステップが、リフトは中ドアに設置されていました。ドアは前中共にグライドスライド式。1995年に入ると2代目リフトバスが増備されたため、七沢病院線での活躍は2年も見られませんでした。 |
![]() |
相模原に移り2001年の改番までは「さ201」を名乗っていました。運用は相21系統・相模原駅〜小田急相模原駅線に固定運用されていましたが、伊勢原時代も含め固定路線以外で使用されたかは不明です。なお、社番表記は伊勢原、相模原時代を通して車体左右に各1ヶ所のみでした。 |
![]() |
1994年下期のU-UA440LSN改(や100)です。この年式は上期/下期で計10台が投入され「新ステップ」も装備しています。 |
![]() ![]() |
1994年下期のU-UA440LSN改(や94・や106)です。この型式では最後に増備された代で大和と秦野に在籍します。写真の車は2006年3月に中山操車所へ移ったため横浜ナンバーへ変更登録されています。撮影 平社員様 |
![]() ![]() |
1995年上期のU-RM210GSN改(ひ0170)です。上期・下期で各5台が投入された型式で秦野と平塚に在籍しました。写真の車は新製当初は、ひ90でしたがその後神奈交へ移籍し、か3002へ、その後再び神奈中へ戻り湘南神奈交バスへ委託されました。車体は富士重の8E型です。 |
![]() |
1995年上期のU-RM210GSN改(ひ0109)です。このRM系はU-代までスペースランナーの愛称が付いていたモデルで、FE6型エンジン(136kW)を搭載します。 |
![]() ![]() |
1995年下期のU-RM210GSN改(は056・は079)で、秦野と平塚へ計5台が投入された代で、いずれも湘南神奈交バスへ管理委託されており売店コーナーも設置されていました。 |